海外の灯台活用
~中国・大連訪問で感じたこと~
森 順子
一般社団法人海洋文化創造フォーラム
理事
2025.08.26
先日、観光と仕事を兼ねて中国の大連に行ってきました。中国に行くのは、上海・蘇州を訪れて以来15年ぶりです。

中国・大連は、遼東半島の南端に位置する港町で、古くから戦略的に重要な都市です。19世紀末、ロシアが租借して都市開発を進めた後、1905年の日露戦争を経て日本が統治。1945年までの約40年間、日本の関東州としてインフラや教育が整備され、「東洋のパリ」とも呼ばれる近代都市となりました。戦後は中国に返還され、現在は東北地方を代表する国際都市です。
この歴史的な背景から、大連では日本語教育の土壌が育まれ、日本語学科を持つ大学が多く存在します。また、日系企業の進出が多いのも特徴です。日本に近く、教育水準の高い日本語人材が豊富であること、さらに経済技術開発区など行政の支援があることから、大連は日中ビジネスの重要な拠点となっています。

訪れた6月は、日中は暑い日差しが差し込むものの、朝晩はやや涼しく過ごしやすく、北海道の函館市に近いイメージでした。
遼東半島は海に囲まれているため、灯台が多くありました。お土産のポストカードやお菓子のパッケージにも、灯台は必ずといっていいほど描かれていて街のモチーフになっていると感じました。

大連の灯台をいくつか紹介します。
老鉄山灯塔
今回は時間がなく行けなかったのですが、遼東半島の南端に位置する旅順には130年の歴史を誇る老鉄山灯塔があります。
遼東半島で最も古い灯台の一つで、清朝が計画、フランスが製造し、1893年に点灯。当時は世界十灯台に数えられたそうです。
以降、日露両国やソ連によって管理され、1945年に中国へ返還されました。黄海と渤海の合流点に位置し、地理的に非常に危険な場所にあります。老鉄山黄金水路を通過する船舶にとって重要な航路標識となっていました。

星海広場付近の灯台
アジア圏最大と言われる広場、星海広場。カモメの餌やりで多くの人でにぎわっていました。また、遊園地もあり活気ある場所でした。
この近くに立っていたのが赤色の灯台。私が訪れたときは修理中でしたが、ポストカードや観光マップにも記載があり、このあたりのランドマークにもなっているのではと思いました。




泊霞湾灯台
サンセットで有名な泊霞湾は観光地化していて、そこにも灯台がありました。最近はSNSで人気のスポットとなっており、色鮮やかな灯台と海や夕景との共演が幻想的です。


そのほか、東港新区には花で囲まれた灯台もありました。イベントで使われ、そのままになっていたようですが、かわいい活用でした。
このように、活用が終わった灯台は、撮影スポットに生まれ変わっていました。灯台自体を「映えスポット」にするという観点は日本ではあまりない気がしたので、とても新鮮でした。

港湾都市大連は、海とともに発展した街であると実感した訪問でした。また近いうちに訪れる予定です。
参考:「辽东半岛灯塔风采录 | 你不知道的灯塔故事…」https://www.sohu.com/a/717587689_120527025

森 順子
一般社団法人海洋文化創造フォーラム
理事